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父のお話

父は、「蠅んじゅう」設立以前は、紅豚生産仲間の島袋さん、安次富さんとともに、ある銘柄豚のグループに属し、飼育した豚を大手の食肉販売会社に扱ってもらっていました。

肉質の向上を研究しながら毎日必死に飼育に励んでいたのですが、生産していく上でその銘柄豚の消費量が生産量を上回っていることを知り、更に「味が落ちてきた」などの悪評も耳に入ってくるようになったため、銘柄豚以外の豚肉が混在していることに気づいたそうです。

「いくら自分たち農家が必死に良い豚を育てても、儲けるのは精肉店やスーパーだけ。

自分たちの努力は現在の養豚事業では報われることがない今のままじゃやっていられない。

質のいい豚肉をひたむきに追求するには、既存の流通体系ではだめだ」と悩んでいたところに、たまたま、PHSの「クレーム処理」で農場を訪れた桃原社長との出会いがありました。

あまり、人と交流することが好きではない父が、桃原社長の人柄を気に入り、お酒を飲み交わす仲になりそこでいろいろ語り合ったそうです。

父の話しを聞き、桃原社長から「こんなに努力している農家がまっとうな評価をうけ、安心して販売できるような事業にならないとおかしい。

生産、加工、販売を一貫して行う会社が必要なのでは」という言葉を受け意気投合。

そして、桃原社長のすさまじい行動力により、父と島袋さん、安次富さん、桃原社長が一致団結して作り上げた「思い」は実現し、沖縄電力のベンチャー制度を活用して生産から加工まで一貫して行う「株式会社がんじゅう」が平成15年に設立しました。

設立に当たり、「農家と会社、一心同体でやっていこう」と、新会社には父、島袋さん、安次富さん、三つの紅豚生産農家も株主として十五%出資し、農場から食卓まで誰にも偽装されることなく、農家が美味しい豚を追求して作り続けることの出来る「株式会社がんじゅう」と、農家のひたむきな研究の結果をきちんと形にしたブランド豚肉、「おきなわ紅豚」が誕生しました。

この時の父の嬉しそうな、誇らしげな顔は今でも覚えています。父は学者タイプの頑固職人なので、いいものを作ることは出来ても、それを世に出す力は欠けていると思います。

それが桃原社長と出会ったことで、一転して日の目を見ることができる。日々の努力が形になった。

自分の気持ちに共感、賛同してくれる理想の会社が出来た。思いっきり良い豚を作れる!そういった思いでいっぱいだったのではないかと思います。

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